2015年12月1日、阪神尼崎の南側の寺町及び尼崎城跡を奥様と2人で
散策してきました。
本日は散策記の第11回で尼崎城跡の写真を紹介します。
今回で最終回とします
過去10回の記事については下記を参照してください。
第1回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その1専念寺
第2回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その2 如来院
第3回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その3 長遠寺
第4回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その4 大覚寺
第5回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その5 法園寺
第6回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その6 善通寺
第7回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その7 甘露寺
第8回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その8 廣徳寺
第9回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その9 本興寺
第10回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その10 全昌寺
尼崎へ入封した戸田氏鉄が元和3年(1617)に築城したのが尼崎城である。
本丸の位置は、中世の絵図を参考にすれば、本興寺の故地に当たる。
3重の堀をもち、本丸には2重の付櫓を2棟付属させた複合式の四重天守と
3棟の三重櫓が上げられた。
明治6年(1873年)の廃城令により建物は一部を除き取り壊された。
Wikipediaより歴代藩主を添付しておきます。
戸田家
譜代 5万石 (1617年 - 1635年)
1.氏鉄
青山家
譜代 5万石→5万4千石→4万8千石 (1635年 - 1711年)
1.幸成
2.幸利
3.幸督
4.幸秀
松平〔桜井〕家
譜代 4万8千石→4万石→4万5千石 (1711年 - 1871年)
1.忠喬
2.忠名
3.忠告
4.忠宝
5.忠誨
6.忠栄
7.忠興
上の写真は三の丸の石垣を想定して再現された石垣の現況です。
三の丸の位置には尼崎市の中央図書館が建設されています。
上の写真は尼崎の寺町のパンフレットに添付されているかっての尼崎城の全容です。
上の4枚の写真は尼崎城跡公園として整備されたかっての三の丸付近の
模擬復元された石垣および土塀です。
今回、本丸跡とされる尼崎市立明城小学校の敷地には行かなかった為
その付近の写真はありません。
上の写真は尼崎城址公園から撮った尼崎レンガ倉庫(阪神電鉄旧尼崎発電所)
4層の天守閣はミドリ電化の創業者の安保詮さんが10億~最大15億円拠出
して再現されることになっています。
建設予定地は本来の本丸から北西の公園内に復原される予定になっています。
また、明治時代の古い写真には伏見城から移築された伏見櫓も写っています。
これにてこのシリーズを終了させていただきます。
散策してきました。
本日は散策記の第11回で尼崎城跡の写真を紹介します。
今回で最終回とします
過去10回の記事については下記を参照してください。
第1回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その1専念寺
第2回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その2 如来院
第3回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その3 長遠寺
第4回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その4 大覚寺
第5回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その5 法園寺
第6回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その6 善通寺
第7回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その7 甘露寺
第8回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その8 廣徳寺
第9回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その9 本興寺
第10回 阪神尼崎駅南側地区 寺町と尼崎城跡の散策記 on 2015-12-1 その10 全昌寺
尼崎へ入封した戸田氏鉄が元和3年(1617)に築城したのが尼崎城である。
本丸の位置は、中世の絵図を参考にすれば、本興寺の故地に当たる。
3重の堀をもち、本丸には2重の付櫓を2棟付属させた複合式の四重天守と
3棟の三重櫓が上げられた。
明治6年(1873年)の廃城令により建物は一部を除き取り壊された。
Wikipediaより歴代藩主を添付しておきます。
戸田家
譜代 5万石 (1617年 - 1635年)
1.氏鉄
青山家
譜代 5万石→5万4千石→4万8千石 (1635年 - 1711年)
1.幸成
2.幸利
3.幸督
4.幸秀
松平〔桜井〕家
譜代 4万8千石→4万石→4万5千石 (1711年 - 1871年)
1.忠喬
2.忠名
3.忠告
4.忠宝
5.忠誨
6.忠栄
7.忠興
上の写真は三の丸の石垣を想定して再現された石垣の現況です。
三の丸の位置には尼崎市の中央図書館が建設されています。
上の写真は尼崎の寺町のパンフレットに添付されているかっての尼崎城の全容です。
上の4枚の写真は尼崎城跡公園として整備されたかっての三の丸付近の
模擬復元された石垣および土塀です。
今回、本丸跡とされる尼崎市立明城小学校の敷地には行かなかった為
その付近の写真はありません。
上の写真は尼崎城址公園から撮った尼崎レンガ倉庫(阪神電鉄旧尼崎発電所)
4層の天守閣はミドリ電化の創業者の安保詮さんが10億~最大15億円拠出
して再現されることになっています。
建設予定地は本来の本丸から北西の公園内に復原される予定になっています。
また、明治時代の古い写真には伏見城から移築された伏見櫓も写っています。
これにてこのシリーズを終了させていただきます。