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妙法寺の富田砕花の歌碑及び修行大師 on 2020-10-23

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2020年10月23日、神戸市須磨区にある妙法寺に立ち寄り表題に記載の

「富田砕花の歌碑と修行大師」の写真を撮ってきましたので紹介します。

本題に入る前に妙法寺について基本情報を記載、現地の説明書きより概説します。

 

妙法寺の基本情報
住所:神戸市須磨区妙法寺字毘沙門山1286 TEL:078-741-2935
宗派:真言宗 山号:如意山 御本尊:毘沙門天
創建:天平10年(738)聖武天皇の勅願により建立と伝

毎年1月3日に行われる追儺式が有名

妙法寺
寺の伝記によると、天平10年(738年)聖武天皇の勅願によって建てられたと伝え、又神護景雲2年(768)と書かれた一切経写経八四巻が保存されていることなどから、古くからあった寺のようです。
 平清盛が福原(現在、神戸市兵庫区平野周辺)に都を移したとき、都を守る霊場として「新鞍馬山」の勅願を賜ったと伝えています。山号は如意山、真言宗のお寺です。
 川に沿って南、百メートルほどの道場に「山門跡」の標石が建てられ います。昔は三十七坊をかかえ広大な寺域を持っていたようです。
 御本尊は「毘沙門天」です。平安末期に楠材で造られた充実感のある 整った尊像で国の重要文化財に指定されています。毎年一月三日に、追儺式が行われます。」
また、別の説明より要約して引用しますと妙法寺(乾の方位・新鞍馬)当寺は高野山真言宗で天平10年(738)行基菩薩による開基したと謂われ、本尊の毘沙門天は平安時代の木像で重要文化財となっています。平清盛が福原遷都の際、平安京の鞍馬になぞらえて、ここを新鞍馬といって王城鎮護の霊場として寺領として1,000石余りを寄進したと謂われています。その後、足利尊氏の軍が西国に敗退した時、高師直(こうのもろなお)らの兵火により全焼したが復興して現在に至っています。

富田砕花先生の歌碑

上の2枚の写真は本堂に向かって左側にある富田砕花の歌碑

南無四国 遍路の悲願 遂げ終えず 勝も仏 果たさせたかりし と書かれています。

 

「兵庫県文化の父」と呼ばれた富田砕花の略歴を記載しておきます。

明治23年(1890)11月15日 盛岡市に生まれる 本名は戒治郎
大正2年(1913)小田原から芦屋へ移住
大正9年(1920)田島マチと結婚 芦屋市茶屋之町に住む
昭和14年(1939)宮川町(現在の富田砕花旧居)に住み始める
昭和59年(1984)10月17日に93歳で逝去するまで終の棲家としました

芦屋市の旧居への訪問記(2017年10月25日訪問)を写真とともに紹介(下記サイト)

 https://blog.goo.ne.jp/chiku39/e/5633bd151f4e38abeaa2d3930080ff15


その他の事象として特記すべき事項としては兵庫県下を
中心とした学校の校歌や市町村歌、社歌を多数書かれていることです。
芦屋市はこれらをリストアップし年譜と共に公表されています。(下記サイト)
 http://www.city.ashiya.lg.jp/bijutsu/documents/tomitasaika-nennpu.pdf

 

修行大師

上の写真は本堂の左側に鎮座する修行大師

通称、「旅大師さん」と呼ばれ親しまれています。

四国お遍路に出かけられない人には、この修行大師が代わりにお参りに出かけ

御利益を巡らしてくれると言われています。

石像の裏側には「昭和6年12月 修行大師像 竜範建立」と記載。

神戸佳族 Vol.82(2020年1・2)で妙法寺住職の加門知竜さんが解説されています。

それによれば、竜範は明治32年(1899)から大正12年(1923)まで妙法寺第36世の

住職を勤めらた。位牌の裏面に記録が残されており、播州加西郡に生まれ、明治17年

摩耶山王蔵院嵩竜辨師に入寺。光明寺多聞院・摩耶山大乗院・妙法寺圓蔵院・摂取院

の住職を勤め、昭和9年(1934)4月9日世寿63才示寂とある。

石像の顔は加門知竜さんの祖父の加門竜範師がモデルで祖父の誕生が相当喜ばれ、

記念に建立されたものと思われるとのこと。

 

最後に上述の歌碑や修行大師の近くにある仏足石や仏頂尊勝陀羅尼祈念石の写真を

添付して筆を置きます。

上の写真は仏足石。

「仏足石」は釈迦の足の裏の形を刻みつけた石です。
仏足石の起源は中国僧「玄奘三蔵」の大唐西域記にあって、釈迦の入寂(紀元前383年)を
知った阿難尊者の悲しむを見て、そこにあった石に足形を残されたのが起源とされています。

日本最古の「仏足石」は、薬師寺仏足堂内にある、天平勝宝5年(753年)の線刻仏足石(国宝)である。

上の写真は仏頂尊勝陀羅尼祈念石

仏頂尊勝陀羅尼は「浄除一切悪道仏頂尊勝陀羅尼」とも言われ略して「尊勝陀羅尼」

とも呼ばれます。厄災を除く呪文で真言宗や天台宗といった密教系の宗派で頻繁に

仏頂尊勝陀羅尼経が読経されます。

仏頂尊勝陀羅尼経の漢訳としては永淳2年(683)仏陀波利訳が著名。


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