2021年10月25日、NHK-Eテレ【アイドルと旅する仏像の世界】第三回 センターの存在感
というテーマで薬師寺及び仏像が紹介解説されており視聴しました。
そこで本日は「薬師寺金堂に安置の薬師三尊」というテーマで書くことにしました。
使用した写真は特記が無い場合は上述番組によります。
今回のゲストは、SKE48の須田亜香里さん
薬師寺には2012年6月7日と2019年5月6日に訪問していますが仏像は撮影禁止と
なっている為、上記番組の写真を利用させていただきました。
まず薬師寺について概要を記しておきます。
薬師寺の基本情報
住所:奈良市西ノ京町457 TEL:0742-33-6001
宗派:法相宗大本山
御本尊:薬師如来 開基:天武天皇9年(680)天武天皇勅願
公式HP:http://www.nara-yakushiji.com/
薬師寺は1998年ユネスコの世界文化遺産に登録されています。
南都七大寺の一つです。
南都七大寺は下記のとおりで天平勝宝元年(749)に定められた墾田の
地限の数値も併記しました。
興福寺(奈良市) 1,000町歩
東大寺(奈良市) 4,000町歩
西大寺(奈良市)
薬師寺(奈良市) 1,000町歩
元興寺(奈良市) 2,000町歩
大安寺(奈良市) 1,000町歩
法隆寺(生駒郡斑鳩町) 500町歩
天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を願い天武天皇9年(680)に建立。
藤原京に建てられ本薬師寺と呼ばれ現在も橿原市城殿町に東西両塔と金堂の基壇(土壇)が
残っています。持統天皇によって本尊開眼(697)、更に文武天皇の御代に至り、
飛鳥の地において堂宇の完成を見ました。
平城遷都(710)に伴い現在地(平城京右京六条&七条六坊)に移されました。
薬師寺縁起に養老2年(718)に伽藍を移すとの記載があります。
それでは本題の薬師三尊に話題を移します。
如来は仏界の最高位にある仏。人々に仏教を説き信仰に向かわせる。(教化)
薬師如来は東方瑠璃光浄土を総括する仏。12の大願を立て、如来になった。
脇侍は通常、日光菩薩と月光菩薩。十二神将を眷属(けんぞく)として従えることもある。
薬師三尊全体写真
上の写真は側面から臨む薬師三尊
銅造薬師如来及両脇侍像(金堂安置)として昭和26年(1951)6月9日に国宝に指定
上の写真は正面から観た薬師三尊
中尊の薬師如来坐像の像高は254.8cm、右脇侍の日光菩薩の像高は309.4cm
左脇侍の月光菩薩の像高は311.8cm
両脇侍が左右対称になっています。非対称の例として岩手県の黒石寺の薬師三尊があります。
また、両脇侍が中尊のほうに体を向けているような腰のひねり方をしています。
この所作で一層、中尊の存在感がましているとの解説がありました。
村松教授のリクエストにこたえセンターに村松教授両サイドのアイドルに両菩薩を
演じさせるシーン。和田彩花と須田亜香里にサンドイッチで村松教授が満面の笑み。
薬師如来坐像
上の写真は薬師如来坐像 白鳳期(645-710)の作品
見どころ1 薬師如来坐像手の水かき
上の写真は手の指と指の間に水かきがあり、悩む衆生を漏れなく救う
見どころ2 薬師如来坐像の台座
四角い宣字座(せんじざ)と呼ばれる台座の上にゆったりと坐っておられます。
台座には四神の聖獣や不思議な人物のレリーフが施されています。
上の写真は右斜め前から観た台座
上の写真は右側面(東側)下の方に四神の青龍が描かれています。
以下、薬師寺の公式サイトに記載の台座に関する詳しい解説です。
薬師如来が座っておられる台座には、奈良時代における世界の文様が集約されています。一番上の框[かまち]にはギリシャの葡萄唐草文様[ぶどうからくさもんよう]、その下にはペルシャの蓮華文様[れんげもんよう]が見られます。各面の中央には、インドから伝わった力神(蕃人[ばんじん])の裸像が浮彫りされています。さらに、下框には、中国の四方四神(東に青龍[せいりゅう]、南に朱雀[しゅじゃく]、西に白虎[びゃっこ]、北に玄武[げんぶ])の彫刻がなされています。正にシルクロードが奈良まで続いていたのです。
上の写真は右側面(東側)ギリシャ由来のブドウと唐草の文様の拡大図
上の写真はペルシャ由来の蓮華文様の拡大図
上の写真はインド由来の力神(蕃人[ばんじん])の裸像の拡大図
上の写真は中国由来の四神のうち北側を守護する玄武の拡大図
上の写真は北側の台座の全体図(複製展示) 撮影:2019-5-6
日光菩薩立像
月光菩薩立像
金堂の建物外観
上の写真は薬師三尊が安置されている金堂の建物外観 撮影:2019-5-6