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Channel: CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ)
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神戸デパートは1965年から1995年に神戸市長田区「アスタくにづか1番館」の位置に存在していました

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神戸デパートは大橋第一地区市街地改良事業として周辺のビルとともに昭和40年(1965)に完成し、同年11月23日にオープンしました。当時の商圏の中心は完全に三宮に移っており商圏を引き戻すための核店舗として「神戸デパート」は約15億円を投じて、地下1階・地上7階・塔屋2階で昭和39年5月に着工し昭和40年11月23日に開店を迎えた。
完成後上の写真は昭和40年大橋第一地区市街地改良事業として周辺のビルとともに完成した神戸デパート出典:神戸アーカイブ写真館編 西新開地(西神戸)物語(2015)Page67
改造工事中上の写真は市街地改造中の神戸デパートなど建物出典:神戸アーカイブ写真館編 西新開地(西神戸)物語(2015)Page66
改造工事前
上の写真は昭和36年(1961)改造工事前の神戸デパート付近出典:神戸アーカイブ写真館編 西新開地(西神戸)物語(2015)Page66 
Wikipediaでは神戸デパートを次のように解説されています。
1965年(昭和40年)11月23日に130店舗が入居して開業した商業施設。 神戸都市振興株式会社(現存せず)が山陽本線新長田駅南側の神戸市長田区腕塚町5丁目に開設していた。
入居に際しては神戸都市振興株式会社と契約するが、入居する床部分との契約ではなく、同社の株式を所有する手法であった。契約上では床部分は入居者へ貸し出さずあくまで神戸都市振興株式会社の所有であり、このため、多くの面積を利用する業者は核テナントではなく主要株主であり、官が管理する施設であるとともに民営の施設(公設民営)である。この手法は、店舗配置にとらわれない全体的な空間設計を可能とした。


上の2枚の写真は神戸デパート完成式典(昭和40年)の様子です。出典:神戸アーカイブ写真館編 西新開地(西神戸)物語(2015)Page67
昭和49年(1974)放火による火災


上の2枚の写真は昭和49年(1974)2月17日(日)の深夜に少年による放火が原因による火災の消火作業の様子。火災は翌日2月18日の19時32分に鎮火した。1~5階までの床面積の約67%(6,289㎡)を焼失した。出典:神戸アーカイブ写真館編 西新開地(西神戸)物語(2015)Page70
阪神淡路大震災に被災
上記のように神戸デパートは火災に遭ったが、再建され再びオープンした。しかし、平成7年(1995)1月17日の阪神・淡路大震災に被災し、建物は形状をとどめていたが使用不能と判定され閉店となった。同年の暮れから翌年にかけて解体された。閉店後しばらく経って、周辺一体が震災復興再開発地区となり、住商一体型の「アスタくにづか1番館」が建設され、平成11年(1999)11月21日に完成した。


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